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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)4533号 判決 1968年11月26日

原告

堀込洋子

被告

米山春夫

主文

被告は原告に対し金一七万円およびこれに対する昭和四三年五月二〇日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告の被告に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告は原告に対し金三二万六、五〇〇円およびこれに対する昭和四三年五月二〇日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三、請求の原因

一、(事故の発生)

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四二年八月九日午後八時頃

(二)  発生地 東京都品川区大井三丁目五番六号先路上

(三)  加害車 第一種原動機付自転車ホンダスーパーカブ

(北あ九九八四号)

運転者 被告

(四)  被害者 原告(歩行中)

(五)  態様

原告は、前記道路を南側から北側へ横断しようとして安全を確めるため待機中、折柄大森方面(西)から大井町方面(東)に向つて疾走して来たトラツクが原告の待機に気付き、十字路の手前に一旦停車し、横断するように車内の運転手が右手で合図したので、原告はこれに従つて横断を開始し、殆ど横断を終ろうとしたとき、右トラツクの左側陰から突然疾走して来た被告運転の加害車にはねられた。

(六)  被害者原告は、後頭部外傷、胸部打撲の負傷をし、同日から同年九月九日まで三二日間大村病院に入院し、その後も同月二九日まで二〇日間欠勤して自宅加療を続けたが、今なお全治するに至つていない。

二、(責任原因)

被告は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

三、(損害)

(一)  入院中の諸費用

(1) 入院中の看護料

一日当り金一、〇〇〇円で、三二日間の看護料、金三万二、〇〇〇円

(2) 入院中の氷代および諸雑費、金五万五、六〇〇円

(二)  休業損害等

(1) 原告は、右治療に伴い、次のような休業を余儀なくされ金二万六、五〇〇円の損害を蒙つた。

(休業期間)

入院および自宅加療の昭和四二年八月九日から九月二八日までの五二日間(これを五〇日として計算)

(事故時の月収)

キヤノノンカメラ株式会社に勤務し、基本給は月額二万六、五〇〇円で、欠勤日数に対する基本給の四割の支給は受けたので六割が損害である。

(2) 原告は、前記欠勤により、期末賞与および昇給額の減少による金一万二、四〇〇円の損害を蒙つた。

(三)  慰藉料

原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情および今日なお後頭部に傷痕を残し全治に至つていないことなどの諸事情に鑑み金二〇万円が相当である。

四、(結論)

よつて、被告に対し、原告は金三二万六、五〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年五月二〇日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四、被告の事実主張

一、(請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(四)は認める。(五)は否認する。(六)は傷害の事実および三二日間大村病院に入院したことは認めるが、その余は否認する。

第二項被告が運行供用者であつたことは認める。

第三項の事実は不知。

二、(事故態様に関する主張)

事故現場附近は歩道と車道の区別があり、その境にはガードレールが設置されているので、歩行者は当然に横断を禁止されている場所であつて、歩道から車道に出るには相当高いガードレールを跨がなければならない状況にあつた。ところが、原告は、被告車がその右方約三・八五米の地点に接近しているにも拘らず、無暴にも、いきなりガードレールを跨ぎ、被告車の直前を北側から南側へ横断しようとして車道にとび出したため、時速約三〇粁で進行していた被告は急制動の措置をとると共に、右に大きくハンドルを切つて衝突を避けようとしたので、被告車が転倒しその際とび降りた被告の頭を原告の頭に強く打ちつけるに至つたものである。

三、(抗弁)

(一)  免責

右のとおりであつて、被告には運転上の過失はなく、事故発生はひとえに被害者原告の過失によるものである。また、被告には運行供用者としての過失はなかつたし、被告車には構造の欠陥も機能の障害もなかつたのであるから、被告は自賠法三条但書により免責される。

(二)  過失相殺

かりに然らずとするも事故発生については被害者原告の過失も審与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

(三)  損害の填補

被告は本件事故発生後なお賠償の内金として二万円の支払いをしたので、右額は控除さるべきである。

第五、抗弁事実に対する原告の認否

免責および過失相殺の抗弁は否認する。

被告から金二万円を受領したことは認めるが、見舞金として受領したものである。

第六、証拠関係 〔略〕

理由

一、(事故の発生)

請求原因第一項中、(一)ないし(四)は当事者間に争いがない。そこで、事故の態様について判断するに、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故のあつた道路を、南側のシブヤ楽器店前から北側の稍西に位置する栄屋金物店に向つて横断しようとしたところ、西から東に向つて進行中のトラツクが一時停止してその運転者が原告に横断するように合図したので原告が横断し、殆ど北側歩道に横断し終ろうとした際、トラツクの左側から突然被告車がとび出して来て被告と衝突したことが認められる。被告本人尋問の結果の中には、原告はガードレールを跨いで北側から南側へ横断しようとした旨の供述があるが、右尋問結果中には、「私は前方を注意してみていた」旨の供述があり、然りとすれば、被告としては原告がガードレールを跨ぐ所為を当然現認していなければならないことになるにも拘らず、「私が四米先の原告を発見したとき原告は道路の左端から約一米位センターライン寄りの方をむいて歩いていた」旨の供述があつて、供述内容に矛盾があつて、北側から南側へ原告が横断しようとした趣旨の被告本人尋問の結果は措信できず、又、被告本人尋問の結果によれば、警察の実況見分は時故当日ではなく昭和四二年八月二五日頃であることが窺われ、したがつて成立に争いのない乙第一号証もその内容は措信できない。そして他に前記認定事実を覆えすに足る証拠はない。

次に、(六)のうち、原告が昭和四二年八月九日から九月九日まで三二日間大村病院に入院したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告は本件事故によつて頭部外傷、胸部打撲の傷害を受け、右病院を退院後も同年九月二八日までは自宅で加療しながら通院したこと、そしてめまいはいくらかよくなつたが昭和四三年九月三日現在なお残つていることが認められる。

二、(責任原因と過失割合)

被告が事故当時被告車を自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

ところで、前記認定のような事故の態様に鑑みれば、被告はその進路右前方にトラツクが停止していたので当然歩行者のあることを予想して停止或いは最徐行をすべき義務があるにも拘わらず、慢然と時速約三〇粁の従前の速度で進行した過失があり、原告にもトラツクの他にも通行する車両のあることを予想して殊に左側の安全確認を怠つた過失が認められ、その過失割合は、原告二に対し被告八と認めるのが相当である。

右の如く、被告に過失が認められるので、その免責要件について判断するまでもなく、免責の抗弁は理由がない。

三、(損害)

(一)  入院中の諸費用

(1)  〔証拠略〕によれば、原告は本件事故による負傷のため前記入院期間中、附添を必要とし、当初は原告の母親が、後には原告の夫である堀込覚司が、それぞれ附き添つたことが認められる。原告は現実に附添料を支払つたわけではないのであるが、右附添を必要とする傷害を蒙つたことにより、既に損害は発生したものというべく、その損害額は一般の附添婦の日当相当額と同額とみるのが相当である。ところで、原告が入院していた昭和四二年八月ないし九月当時の附添婦の日当が原告主張の一、〇〇〇円を下らないことは公知の事実である。したがつて、三二日間の附添料として原告は三万二、〇〇〇円の損害を蒙つたものと認められる。

(2)  〔証拠略〕によれば、原告の入院中の出費として、氷代、水枕代、附添人用の椅子の購入費、地方から上京した親族の帰路の汽車賃、見舞客への茶菓子代食事代、快気祝等として合計約三万円を出損していることが認められるが、右のうち事故と相当因果関係のある損害は、氷代、水枕代および椅子の賃借料相当額を含めた必要経費に限られるべきであるところ、その金額の詳細については明確な立証がない。しかしながら、右必要経費として、少くとも一日二〇〇円は必要と認めるのが相当であり、三二日間でその金額は六、四〇〇円となる。

(二)  休業損害等

〔証拠略〕によれば、原告は事故当時キヤノンカメラ株式会社に勤務し、基本給として月額二万六、五〇〇円、日給一、二八五円の支給を受けていたこと、原告は本件事故のため昭和四三年八月一〇日から同年九月二八日まで五一日間欠勤したこと、欠勤期間中は基本給の四割の支給があつたことが認められる(なお、甲第五号証中、欠勤日数が二〇日とあるのは、五一日の誤りと認められる)。したがつて、五一日間の基本給の六割に相当する金二万六、一五三円を以て休業損害と認めることができる。

次に、〔証拠略〕により、原告は欠勤のため精皆勤賞八〇〇円、定期昇給二〇〇円、特別手当一万一、四〇〇円の合計一万二、四〇〇円に相当する諸給与が受けられなかつたことが認められ、これと同額の損害を蒙つたものと認められる。

(三)  過失相殺

ところで、原告には前記のように二割の過失があつたことが認められるので、右(一)(二)の合計額七万六、九五三円のうち被告が原告に対して賠償すべき金額は、六万円が相当である。

(四)  慰藉料

本件事故後、被告が原告に対し二万円を支払つていることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、金二万円は見舞金であることが認められる。又、被告本人尋問の結果によれば、原告の治療費として強制保険金から二〇万円が支払われていることが認められる。

右の如き事実と、前記の如き原告の傷害の部位、程度、事故の態様、過失割合等諸般の事情を総合考慮すると、原告の精神的損害を慰藉すべき額は金一一万円が相当である。

四、(結論)

よつて、原告の被告に対する本訴請求は、前項(三)、(四)の合計金一七万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年五月二〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余を棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠田省二)

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